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能力上昇法
2008-04-30
人間の能力は使うことによって伸ばすことができます。そして意識して使うことによってより多くの成果が得られるようです。プロのスポーツプレイヤーは筋トレをするときに、強化したい箇所を意識しながら行うそうです。これによって狙った箇所の筋肉を強化することができ、また無意識に行ったときに比べより多くの成果が出ることが実証されています。
これは他のことでも同じことが言えます。勉強するをして知力を伸ばそうとするとき、嫌々やっているときよりも、集中してやっているときのほうが多くの成果が得られます。つまり知力を伸ばそうという意識を持ってやっているときのほうがより多くの成果を得られます。
人の能力を伸ばすには、意識をして、集中をして行うことによって力をつけることが出来ます。ダラダラと適当にやっていると、どんなに時間を使っても能力の上昇が少なくなってしまうということです。
「心の底」の期待に応える
2008-04-29
自分に文章力が無いせいで分かりづらくなっていますが、最後までご覧ください。上司から指導されるとき、「褒められて成長するタイプ」とか、「貶(けな)されて成長するタイプ」とか言う人がいます。
俺にはそんなことを言う人の意味が分かりません。まあはっきり言って子供の考えですね。
褒めるという行為も、貶すという行為も、期待をしてくれているからしていることをわかってほしいです。
褒められて成長する方。
それは侮辱されたり飽きられたときは、ふて腐れて、あきらめてしまうということのように思えます。貶されたとき、「何で俺がそんなこと言われなきゃいけないんだよ」とか思う方はなぜその人が自分を貶してきたのか考えてみてください。
貶されたり侮辱してくる人は、このままではいけないということを教えてくれているのです。別に貶してくる人間は冷たい人間ではありません。本当の冷たい人間とは何も言わずに無視する人間です。
あと貶してくる人は、「その人に負けたくないから」という人もいます。そんな理由で貶してくる人なんて、実力の差を見せ付けて蹴散らしてやりましょう。
貶されて成長する方。
じゃあなぜ褒められたときに成長できないのでしょうか?それは褒めてくれている人がどんなことを思って褒めてくれているかが分かっていないからじゃないでしょうか?褒めてくれたからといって、それで満足しているからなんじゃないでしょうか?褒めてくれる人がどんな気持ちで褒めてくれているかを考えてみてください。
褒めてくれている人は、その人に期待してくれているということです。可能性を信じて、そして期待をこめて褒めてくれているのです。それで満足せずに、もっと力をつけていってほしいものです。
あと心の底から褒めることのできる人はあまりいません。そんな人の期待に応えられるよう、更なる成長を見せてあげてください。
人は褒められても貶されても成長していかなくてはいけません。双方とも、あなたのためを思って言ってくれているのです。期待に応えられるようにしましょう。褒められたら更なる高みを目指して、貶されたならその人を見返すために、そうやってどんなときでも成長できる精神が大切だと思います。
人間は皆、平等ですか?
2008-04-28
人間の評価は地位、金、人脈など、いろいろなことで決まると思うが、俺が人を評価する上で一番重要視するのは、毎日をがんばって生きているか否かである。たとえ国籍が違っても、金が無くても、毎日を充実させて生きている人は評価したいし、評価されてほしい。人間は平等なんかじゃない。何もせずに毎日ダラダラ過ごしている人間と、毎日を死ぬ気でがんばっている人間では格差が出来て当たり前だ。
たとえ年収が100万の人と1億の人がいたとしても、日々を精一杯生きているのであれば、皆、平等であると思う。でも何もせずただ毎日を生きている人間は、平等であってほしくない。
当たり前だが、人を差別するのはよくないことだ。でも差別されても仕方の無い人もいるんじゃないかだろうか。人を評価するときは、金や地位だけでなく、その人がどれだけがんばっているかを見てやってほしい。
毎日をがんばって生きているのなら、どんな境遇にあっても人間は皆平等である。
勉強なんて・・・
2008-04-27
俺は高校生のとき相当成績が悪かった。1年と2年のとき5段階の評定で「2.5」だった。テストの平均点はいつも40点くらいで、いつも進級できるかどうかの瀬戸際であった。
しかしこのままでは少々まずいような気がしたので、3年のときだけはしっかりと勉強をした。といってもテスト前だけしっかりと勉強しただけで、授業中は寝てたり遊んだりしていたが・・。
その甲斐あってか3年のときは評定が「4.2」で、テストの平均点は80点くらい取った。まあ普通の学校だったのでテストが比較的簡単だったというのも影響していますが。
俺は勉強は嫌いでは無い。ただ学校でする勉強が嫌いだった。頭の回転が悪いとか、暗記力が無いとかではなく、ただ学校の勉強をしたくなかっただけなのである。所詮学校の知識なんて物は活用することが出来ないものが多い。活用できない勉強をするよりも、本を読んだりバイトをしたりしていたほうがよっぽど勉強になると感じていたから。
この世には学校で教えてもらうことの他に勉強しなければいけないことが多くあるような気がする。一生使うことの無い数学とか、あまり知らない国の世界史とかは、それに興味がある人間だけ教わればいいのではないのだろうか?
本当に好きなら結果も求めろ
2008-04-25
負けて満足なんて出来ない。「結果よりもそれまでの過程が大切」というような言葉をよく聞きます。まあ確かにいい言葉ではありますが本当にそれは真実でしょうか?
これはスポーツ選手からよく聞く言葉です。そりゃあ努力した結果負けたんなら仕方が無い気がしますが、本当にその人は満足しているんでしょうか?
俺は過程なんかより結果が欲しい。どんなにがんばっても結果が出なかったなら、また更なる努力をしてまた挑戦したい。そして最高の結果が出るまで、一生努力をしていきたい。
「過程なんかより、本当に好きなことは結果をもとめろ」、と俺は思っています。
一人で
2008-04-24
自分の考え、行動、言動を全て信じて生きていけますか?俺も「自分」という存在をを常に信じて生きたい。でもそれには常に限界がある。
自分を信じて、自分に違和感を持たず、自分に疑問を感じずに生きていける人間。それはとても強い人間のように感じるかもしれない。でもそれはただの幻想に過ぎない。
自分の意見とは大切である。しかし他人の意見も聞き入れたり、参考にするのも重要なことだ。
世の中には自分の意見ばかり押し付ける輩がいる。そんな人に限って他の人の意見を聞かずに、自分の自分が常に正しいと考えている。
自分の考えだけでは分かること、見えることに限界がある。自分だけではどうしても解決できない問題だってある。それなら第三者に聞いてみればいい。自分に見えないものも他の人になら見えるかもしれない。
でも第三者に軽々と意見を聞いていてはいけない。自分の考えだけで解決できるものは一人で解決していくことだ。それを続けていけばいつか自分を信じて生きていけるかもしれない。
問題
2008-04-23
弱いということは問題ではない。その弱いということを理由に自分を偽ったり、逃げたりすることが本当の弱さであり、強い人間とはその弱さを見せない人のことだ。そしてその弱さから逃げ出さないこと。それが弱点を無くすことの出来る人間の条件だ。失敗するということは問題ではない。失敗なんて初めは誰でもすることだから。その失敗を隠したり、何度も同じ失敗をすることが本当の失敗である。そして自分の失敗を受け入れること。それが成功へのヒントになる。
間違えるということは問題ではない。その間違えたことを正当化したり、その間違いに気付けないことが本当の間違いである。そして「間違い」次回への意気込みに変えること。それが正解への近道になる。
そして自分を成長させることが出来る人間とは、的確な問題がある人間だ。問題があるから答えがあり、答えがあるから人間は成長していける。
雨にも負けず
2008-04-22
苦難に負けず 誘惑に負けず
社会にも 自分の境遇にも負けぬ
強い精神力を持ち
周りを見て
決して引かず
いつも自分と向き合っている
毎日に希望と
少しの欲望を持ち
あらゆることを
自分の可能性と考え
よく考え よく鍛え
そして行動する
地球という星の
小さな存在であっても
過去に辛い記憶があれば
それを糧に今を行き
今日に悲しいことがあっても
瞳を拭い前を向き
未来にある強い願いがあれば
それを目標に今を生きる
一人の時は涙を流し
辛い時は自分を見つめ
皆に強い人間と呼ばれ
自分のために
そして全ての人間のために生きていく
そうゆう人に
私はなりたい
参考文献 「宮沢賢治、雨にも負けず」
死ぬ
2008-04-22
俺はもう死んでしまいたい、ということを考えてしまったことがあります。自分の生きている理由とか、不安とか悩みとか、自分の価値とか。そんなことを考えたら生きているのが嫌になってしまいました。しかし俺は死ぬことなんて出来はしませんでした。それは死ぬことへの恐怖とか、未練とか。
結局は小心者であり、自殺できる人がすごいと思っていました。まあ精神異常者は別ですが。
でも今は死ななくてよかったと心から思っている。今は死ぬことなんてありえないと思っている。
人は日常にある楽しいことに気付いていない。ただ食べ物を食べているだけで嬉しい。テレビを見ているだけでも楽しい。日常でやっているさりげないこともよく考えれば楽しいことがたくさんある。
そう、ただ生きているだけで楽しい。例えどんなにつらい事があるとしても、それを越えるくらいの楽しいことが世の中には溢れている。
そう思ったところで死ぬ人間は愚かだということに気付いてしまった。だから俺は毎日を楽しんで生きていくと誓った。
死にたいくらいつらいなら、「死ぬほどの努力」をすれば良いんじゃないか。「死ぬほどの努力」をし続ければ、いつか必ず生きていてよかったと思える日が来るでしょう。
恋をしようよ
2008-04-20
人間には「完成していない物を完成させたい」という欲があります。プラモデルなどなど。もしかしたら恋愛にもそういったところがあるんじゃないかと。
まだ未熟な年下と付き合って、自分色に染める、みたいなことです。・・・なんか変態っぽいですが。
あと他人ではなく、自分を完成させたいという考えもあります。年上と付き合うことによって自分を成長させたい、という考えも「完成していない物を完成させたい」と一緒だと思います。
恋をしていない人より、恋をしているという人のほうが絶対に成長しています。恋をして振られる人より、故意のできない人のほうが絶対に悲しいです。人間として生まれてきた以上、恋をしましょう。そうやって日々を過ごしていくこと、それが自分を完成させる方法でじゃあないかと。
成功は飾りだ
2008-04-19
福本伸行という方をご存知ですか?この方は「賭博黙示録、カイジ」、「天、天和通りの快男児」など、賭け事や、麻雀漫画などを書いている漫画家の方です。とにかくこの方の描く漫画は面白い。でも面白いだけではなく、とにかく名台詞が多い。ここで俺の大好きな「天」の16巻〜18巻より少し掲載させていただきます。「成功しなくていい。それは飾りだ。失敗とか成功とか、そういうことから放たれろ。人生の実はただ生きることに・・・」18巻より
「冷たい人間は面倒なことに首を突っ込まない。冷たいやつって言うのは常に傍観者だ」16巻より
「あったかい人間は、あったかく死んでいけるんだ」16巻より
「奇跡や偉業は、初めに傷つき、そのコンプレックスを抱えた者が通常では考えられないくらいの集中力や持続力を発揮して成し遂げるものだ」18巻より
「人はいずれ、どうあれ、死ぬのだ。なら可能な限り自分の心に沿うべきだ」18巻より
まあ読んだことのない方はあまり感動が伝わらないかもしれません。あとあれなりの表現も少し入っています。
しかしこの最後の16巻〜18巻の三冊。漫画で涙を流したのは初めてでした。これをはじめて読んだのは17歳くらいのときですが、それ以後、人生観すら変わった記憶があります。麻雀の分かる方、まずは読んでみることをお勧めします。
涙の数だけ・・・
2008-04-18
人はなぜ悲しいときに涙を流してしまうんだろう?悲しいときはそれを乗りえるために前を見続けなければいけない。それなのに涙で前を曇らせていては前に進めない。悲しいときに涙は流していてはいけない。涙は嬉しいとき、感動したときのためにとっておこう。
涙なんて所詮、ただの排泄物であり、そんなものを流したからといって自分の惨めな姿を見せてしまうだけだ。涙を流して同情を得ることに、利点など存在しない。
泣いている人を慰めることが優しいんでしょうか?
そんな考えは子供のときで卒業していなくてはならない。人は皆優しいから、泣いている人をそのままにしておけなくなってしまう。でもそこでしてもらう優しさは「本当の優しさ」なんかじゃなく、ただ同情しているだけだ。
でも、どうしても泣いてしまうときもあるだろう。そんなときは一人で泣いていよう。そして次回、涙を流さないことを誓おう。それが明日への道になっていくから・・・。
友人と二度と会えなくなるとき、そんなときでさえ涙なんて流してはいけない。最後は笑顔で迎えてあげること。それが自分にとっても友人にとっても最良の別れなんじゃないだろうか。
悲しいときの涙は、その悲しいことを乗り越えたときのためにとっておこう。嬉しいときは泣いたっていいじゃないだろうか?
ファミレスで迷うなよ
2008-04-18
ファミレス、コンビ二とかで延々と迷っている人が多いかと思いますが、はっきりいってイライラします。何をそんなに迷う必要があるんだろうか?そうやって悩んだ上に、別のにすればよかった、とか言い出すやつも世の中には大量にいます。別に何を食べたって一緒だろう、と言いたくなってきませんか?醤油にするか味噌にするか?悩んでるということは「どっちでもいい」ということだと思います。値段、量、味、いろいろと迷うことがあるかと思いますが、そういう「決断力の低さ」が日本人のダメなところだと俺は思います。
そりゃあ俺だって何にしようか迷うときもありますが、たとえそんなときでも短時間で決めるようにしています。俺はそうやって即座に決断する力、そして自分の直感を磨くようにしています。また、こうやって頼んだ商品が口に合わなかったり、量が足りなかったりする場合だってあります。別にそんなのは仕方が無いんじゃないかと。悩んだ挙句に失敗するよりは全然いいですから。
しかも食べ物なんてものは、腹が減っていればなんだって美味いですよ。俺はキノコ類が大嫌いですが、すごく腹が減っているときは普通の食べます。その癖に食べ物に対して評価ばかりしている人、あなたの舌はそんなに味の違いが分かるんですか?と言いたくなってきます。
人は迷う場面はとても多いです。しかし、「そんなあまり大差の無い選択で迷ってはいけない」もっと別なところで、頭、神経を使っていきましょう。
過去に負けるな
2008-04-17
俺は常に過去の自分に負けないように生きている。人が成長するをいうことは、常に過去の自分に勝ち続けることだ。
たとえどんなに過去の思い出が輝いていても、それは所詮過去の思い出だ。俺たちが生きているのは「今」であり、過去とは今を作ってきた道に過ぎない。
また、過去の自分に満足してはいけない。人に限界なんて物は無い。限界なんて言葉はただの言い訳だ。
明日の自分は必ず、今の自分より成長していることを誓う。そして、その積み重ねこそが、未来に近づける道だと信じている。
成長とは、過去の自分に負けないことだ。たとえ昨日の自分と引き分けでも、負けることだけは許されない。勝ち続けること、それが日々を充実させる方法だ。
いなごらいだー
2008-04-16
今日は久々に175Rの曲を聴きました。最近はめっきりテレビに出なくなって寂しいです。これでも一応は超熱狂的ファンです。(コンサートなどは行ったことがありませんが・・)まあハッピーライフとかSAKURAとかは知ってる方も多いと思いますが、それ以外の曲がまず有名ではないんですよね。というわけで少しここで宣伝させていただきます。アルバム「Songs」より「旅人」という曲です。これは俺のブログタイトルにも影響しています。アップテンポの曲でノリが良いうえに、歌詞がとにかく最強。歌詞をよく頭に焼き付けて聞いてほしい曲です。
他にも「シャイン、光の道しるべ」「グラフィティー」「メロディー」「ORENGE」「夕焼けファルセット」など、名曲だらけです。最近はニューアルバムも出て「これからは175の時代だぜ」、と叫びたくなってきます。
この良さを皆さんにも分かってもらいたいものです。どうぞご視聴ください。
負けるから勝ちたい
2008-04-16
「はじめから負けることを考えていてはいけない」、という意見がありますが、そのまったく逆の場合を考えて見ましょう。逆というのは「はじめから負けることを考える」ということです。俺は、「勝ったときに自分がどうなるか」よりも「負けたとき自分がどうなるか」を考えたほうがモチベーションが上がっていきます。「絶対に勝たなければならない」という気持ちよりも「絶対に負けられない」という気持ちのほうがモチベーションが上がっていきます。あと負けたときに自分がなぜ負けたか?それを考えることによって勝つための参考になっていくんじゃないかと思います。
人の考えはそれぞれでして、負けたときにどうなるかを考え、その時の惨めな自分、情けない自分を想像して、そうなりたくないからこそがんばれる人もいます。
勝って栄光を掴み取りたいから、そして負けて悲しみを味わいたくないから。だから人はがんばれると思います。
「勝ちたいから」がんばるのか、「負けたくないから」がんばるのか。どっちが本当の心なのか?
それが分かればもっと人は強くなれることでしょう。
頭と勉強
2008-04-16
頭がいい人と、勉強ができる人は同じようで違うものです。勉強なんてものは努力すれば誰でもできることだと思っています。東京大学とか良い学校にであれ、努力すれば誰でも行けるんじゃないかと思います。まあその努力をするということが難しいのですが・・。
頭が悪いから勉強ができないなんていうのは、努力できない人間のいいわけであると思います。
所詮、勉強ができるかなんて努力したか、していないか、の二通りだけであり、頭が良いというのとは別物であるかと。
じゃあ頭がいい人間とはどんな人のことだろうか?
初めてやることというのは失敗しても仕方が無いものですよね?まあ初めてやることが上手くできるかどうかは、その人の今までの経歴や才能、頭の回転、あと運などによって決まると思います。その失敗した時に、なぜ自分が失敗したかを考え、そして同じ失敗をしない人間。それが頭がいい人であると思います。
勉強というのは、決められたことをただ暗記している部分が多く、そんなものは時間をかけて努力すれば誰でもできる事です。しかしその時、効率よく覚えられる人、短時間で覚えることができる人など。それが頭が人だと思います。
なので頭がいい人間とは「同じ失敗をしない」、「上手く対応できる」、「次回への対策をたてれる」、ことであるかと。だから勉強ができるかどうかはあまり関係がありません。
・・・しかし今は学歴社会。ちゃんと大学に行って現社会に対応してる人間が、頭が良いいような気がします。
本当の強さがほしい
2008-04-16
強い人間とはどのような人間のことでしょうか?筋力が強い人でしょうか?頭がいい人でしょうか?精神面が強い人でしょうか?
そういった能力では人間の強弱は決めてはいけないような気がします。そもそもどんなに強がっている人でも、必ず何かに悩み、苦しんでいるんじゃないかって思います。
別に筋力、知力、精神面などが弱い、ということで人の強さは決まりません。弱い人間とは自分の弱いところを言い訳にして、「自分を偽ったり、逃げたりすること」が本当の弱さであり、強い人間とは「弱さを人に見せずに隠れたところで努力している人、逃げ出さずに真正面から向かっていける人」のことじゃないかと思います。
死ぬ間際まで・・・
2008-04-16
人が死んだらどうなると思いますか?1、天国へ行く
2、転生する
3、幽霊になる
4、どうにもならず、全てが終わる
宗教などに入っている人には申し訳ないのですが、「空の上にあるものが宇宙だと分かっている今、神がいると思っていると考えている人間は愚かだ」と俺は考えています。というわけで俺はどんな宗教もまったく信じていません。というか神に願い事をしている人とかを見ていると、「馬鹿じゃねえの?」と感じてしまいます。テレビで「私は前世が見えます」とか言っているのを見ると殴りたくなってきます。
結局、人間には魂なんて物は無く、神なんてものは存在しません。人間は肉体の活動が終わった瞬間、全てが終わってしまいます。
人間はいつ死ぬか分かりません。そして死んだら全てが終わってしまいます。だから死ぬ一瞬まで悔いの無いように生きていくこと。死ぬ間際に「生きていて良かったなぁ」と思えること。それが人間としての最高の生き方じゃないかと考えています。
優しい人ってどんな人?
2008-04-15
友達が勉強ができなくて困っていたらどうしますか?1、何も言わず、すぐに教えてあげる
2、聞かれたらすぐに教えてあげる
3、ヒントを出してあげる
4、ぎりぎりまで一人で考えさせる
5、教えずにただ見守る
さあこの中で一番優しいと思うのはどれですか?
ちなみに俺は「ぎりぎりまで一人で考えさせる」です。困っているからといってすぐに手を貸すのは本当のやさしさではない。というのが俺の考えだからです。
だからといってこれが本当に正しいという自信はありません。もしかしたら一週間後には俺の考えが変わっているかもしれませんし。
じゃあ一番の優しさとはなに?そんなものはありません。地球上にいる全ての人間が優しい人です。たとえ「見守る」だけであっても、その人は自分の力だけで乗り越えて欲しいからそうしてるはずです。どんなに冷たくても、ちゃんと見守ってくれている人は絶対に優しい人です。結局は全ての人間が形こそ違うが、みんな優しいんじゃないか、って思います。
やはりすぐに手を貸してくれる人が優しいと思われるのが現実です。でも実際は優しくないと思っている人も実は影から見守ってくれている人も多いと思います。誰がそうなのかは分かりません。でもそんな人に心から「ありがとう」という気持ちを忘れずに、毎日を生きていきたいです。
・・・でも無視する人は優しくないような気もします。
未来を決めるのは自分だ
2008-04-14
世の中には訳の分からないことが多い。そもそも風水って何?おみくじとか、占いとか。
俺は占いとか願い事とかは絶対にしないようにしている。
どんな理屈があってそうなるのかの説明をして欲しい。
そんなものがあたるはずが無い。
前世なんてあるわけが無い。催眠術なんてありえない。予知なんてできるはずがない。
信じるやつって馬鹿じゃねえの?って思う。
こんなことで大金を稼いでいるやつが俺は許せない。別に楽しむ程度に聞いていればいいと思っていたが、それすらも最近は許せない。
未来とか夢とか希望とか、それらは自分の力で掴み取るものであり、非現実的な物に流されて生きて行きたくない。そんな願い事をしなくても自分の欲しい物を手に入れることができる力がほしい。常に自分の力を信じて生きて生きたい。
戦いの日々
2008-04-14
生きるとは、すなわち戦うことだ。戦うこととは?
過去の自分と戦うこと。一時間でも一秒でも前の自分に負けないように、今の自分と精一杯戦うこと。
未来の自分と戦うこと。今の自分が未来の想像通りの自分になれるように、今と精一杯戦うこと。
他の人間と戦うこと。早く出世がしたいとか。早く結婚したいとか。そういった想いが人を成長させる。
戦うことで人は成長し、戦うことで自分を見つめることができる。そして戦うことでよい日々を送れるんじゃないか、って思う。
俺は今を生きる
2008-04-14
永遠に続く、幸せなんか無い永遠に続く、恋なんか無い
永遠に続く、時なんか無い
長く続く雨でも 止まない雨はないから
長く続く不安も いつかきっと無くなる
長く続く悲しみも 次第に薄れていくから
結局全ての物はいつか必ず終わるものだ。永遠に続くものなんか無い。じゃあどうすればいいか。それは「今を生きることだ」。幸せが、悲しみが終わるまで精一杯生き抜くことだ。それが「幸せを作る未来」と、「悲しみを終わらせる未来」を作っているから。
だから俺は今を大切に生きて行こうと思う
妄想を現実に変えろ
2008-04-13
人間がたまに感じてしまうこと。・もし一億円手に入ったら
・今の知能のまま子供に戻れたら
・誰かに入れ替われたら などなど
このように「もしも」のことを考えるのは確かに楽しい。でもこんなことを考えている自分のことを考えると悲しくなってくる。理由は置いといて、とにかくなんか悲しい。
とにかくこんなことは一人でマジで考えていてはいけない気がする。友達と笑い程度に話すのなら良い内容かもしれないが。
「もしも」のことを考える暇があるなら、もっと別なことを考えていたい。どうすれば大金が入るか。どうすれば出世できるか。どうすればモテるか。などなど。妄想で自分を変えるんじゃなくて現実の自分を変える努力をしていきたい。
何でカップラーメンのスープは最後に入れるの?
2008-04-13
カップラーメンは粉末、液体とありますが、これらはほとんどが出来上がった後に入れてくださいという記述があります。なんかはじめに入れたほうが麺に味がついておいしくなるんじゃないかって思ったことありませんか?でも実際ははじめに入れてしまうと、味、香り、見た目、いろいろなものが低下してしまうようです。
はじめに入れてしまうと蒸気を一緒に旨み成分や香りが飛んでしまいます。それにはじめに入れることによってスープが濁ってしまいます。
はじめに入れるスープもありますが、これは蒸発してしまう香料が入っていないとか、はじめに入れたほうが味がおいしくなるからです。おいしいラーメンが食べたければちゃんと説明書き通りに作りましょう。
火事場の馬鹿力
2008-04-12
これは人が危機的な状況に陥ったときに、自分の最大の力を超えた力を出すというものであります。例えばいつもは100kgの物しか持てないという人間が、危機的状況ならば130kgの物を持てる、といったようなものです。でもこれはもともとその人に、130kgの物を持つ力が備わっていた物と考えられます。じゃあなぜいつもは100kgしか持てないのに130kgのものが持てるようになるのか。それは人間は肉体を壊さないために通常は最大値の70%に抑えて行動しているからである。最大の力を頻繁に使うと肉体が壊れてしまうからである。
これでひとつわかったことがある。人間にはまだまだ無限の可能性があるということを。
別にこの火事場の馬鹿力を使ったからといって別に死にはしない。しかも別に一度使ったって体も壊れないような気もする。確かに常に限界を超えた力を使っていては体が壊れてしまう気がするがたま〜に使う分にはまったく問題がないのではないか?
しかしここで問題が、、、こんな力は使いたいときに使ったりすることは不可能ではないのか、と。
そもそもこの火事場の馬鹿力というものは肉体の力ではないような気がする。心の中、精神面で左右されるもののような気が。死にそうになったときとか、追い込まれているときに出せるような気がする。ということは、精神面を鍛えることによって使うことのできるものじゃないかと思う。
この力は制御がとても難しく、引き出すことが困難なことに加え、使えば肉体を崩壊させてしまうものである。しかしもしもうまく使いこなすことができるようになれば、世界をも制すことも可能な力であると思っています。
少年サンデー
2008-04-12
日本の有名雑誌として、ジャンプ、マガジン、コロコロ、などいろいろと種類があります。しかしその中で雑誌名の意味がわけの分からないもの、それがサンデーです。サンデーというのはsunday,つまり日曜日という意味ですが、この雑誌の発売日は毎週水曜日です。これは昔の発売日が日曜日だったからとかではありません。そんなんなら少年ウェンズデーのほうが発売日も分かりやすいしいいと思いませんか?
実はこれには出版社の切実な願いがこめられています。週の真ん中の、疲れてきてるし休みもまだ遠い、そんな中だるみしそうな水曜日に漫画でも読んで日曜のように休養してください、という意味がこめられています。確かに週の真ん中に休みがあれば一週間という日々を楽しく過ごせるような気がします。
じゃあ水曜日が祝日の時は?って感じもします。最近は月曜日に休みが多いのでも少年サンデーにとってはいいことなのかもしれません。
ペットボトルの名前の由来
2008-04-12
ペットボトルの「ペット」というのは動物の「ペット」というのはまったく関係がない。ペットボトルの正式名称は「ポリエチレンテレフタレートボトル」であり、これのスペルは「polyethylene、bottle」になります。そのポリエチレンチレフタレート (polyethylene)を略したのがPETになのである。
そもそも[pet]というのは愛玩動物という意味であり、「愛玩動物、瓶」とまったく意味が分からない物になってしまう。
あとペットボトルはちゃんと分別して捨てましょう。
栄光への道
2008-04-12
過去の栄光は捨ててしまえばいい。そんな荷物は、生きるために必要のないものだからだ。未来の栄光を拾いにゆこう。そして、そのために今を生きていこう。
過去の栄光に頼ってはいけない。頼っていいのは常に今の自分の力だけだ。
未来の栄光を想像しよう。そうすれば、そのために必要な力をつけることができる。
今の自分を信じ、そして生きていく。それが栄光につながっていくから。
男のアレ
2008-04-12
男のアレといえばまあ排泄のためと性行為のための重要な部分ですが、実はアレがあるということで、知らない間に疲れているようです。例えば男がうつ伏せになるとき、アレがつぶれないように何度も体勢を入れ替えたりしています。位置がシックリとこないから何度も位置を変えてみたり。
男も実はアレのせいで知らないうちに体力を使っているようです。






