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変なダイエット方法
2008-05-31
辛いものを食べてダイエットができると思いますか?まず、辛いものを食べると汗が出ます。(出ない人もいますが)
汗が出るということは、体内の温度が上昇してカロリーを消費しているということです。
辛いものが苦手な人ほど汗が多く出るので、その分カロリーを多く消費しています。
ということは、辛いものを食べるということで、一応ダイエットの期待ができるということです。
しかし問題もあります。
辛いものを食べると胃や脳を刺激が刺激されて、逆に食欲が出てしまいます。
他にも、甘いものを食べたくなったりと悪い影響もあります。
結局辛いものを食べるということでは、ダイエット効果はあまりない様に感じます。
やはりダイエットは楽してはできないということです。
もしかしたら、熱いものならダイエットできるかもしれません。
他の記事も見に行こう
科学的なダイエット方法
ダイエットについて本気で語る
エンタの神様の裏側
2008-05-30
お笑いにうるさい人はエンタの神様を嫌う人がいます。エンタの神様の特徴は、
漫才が極端に少なく、コントが多い。
ピン芸人が多い。
セット、小道具が、充実している。
さあなぜそうなったと思いますか?
漫才が少ない理由。それは「絵的に地味だから」だそうです。
スピードワゴン、ますだおかだ、ビッキーズなどはコンとではなく漫才を主流としてやっていたのに、エンタの神様に出るときはビデオやフリップを使ったネタをやっていました。
派手で、動きの多いコントのほうが視聴率が上がるのではないか?というスタッフの配慮のようです。
エンタノ神様は、
若手芸人が多い=出演料が安くて済む=セットを充実させることが出来る
という感じになります。
なぜピン芸人が多いかは分かりません。スタッフの趣味でしょうか?知っている方がいたら教えてください。
でも俺は、コントよりも漫才が好きなのであまりエンタの神様は見ません・・。俺は別に嫌いというわけではないですが、エンタの神様が嫌いな人の気持ちも分かります。
逃げ出した。傷を負った。それでも自分のことを・・。
2008-05-30
これから新しい仕事を始める人、これから目標に向かってがんばろうとしている人、そして自分のことが嫌いな人に伝えたい。想いを込めた文章です。少々長いですが最後まで真剣に読んでもらいたいです。俺は昔、佐川急便で荷物の積みこみのアルバイトをしていました。給料はまあまあで、仕事内容は肉体的にはとてもつらい仕事でした。
死ぬほどつらかった。一日で辞めようと思った。その時にバイトの先輩が、「ここのバイトは100人採用しても、一年以上続く人は2〜3人しかいない。辞めるのはかまわないが、続けていればできないことは無い」と言っていた。
俺と同期で入った人は1日で辞めてしまった。俺はがんばろうと思っていたが、1ヶ月程度で辞めてしまった。
でも俺が働いていた1ヶ月の間、先輩方はみんな優しくしてくれた。年齢は離れていたし、趣味だって合わなかっただろう。それでもいつも笑顔で仕事を教えてくれたし、体のことを気遣ってくれたり、ご飯を奢ってもらったりもしていた。
それでも俺は「仕事がつらい」という理由だけで、その職場を辞めてしまった。
最後に先輩はそんな俺に対して「今までご苦労様」と笑顔で言ってくれた。
その時の俺は、「もっと効率の良い仕事なんていくらでもある」とか、「あんなつらい仕事やってられねえよ」と考えていました。
辞めた後は、すぐに他の仕事を見つけて、その仕事は長く勤めました。
「やめる」ということはどんなことであろうと簡単です。自分に適当な理由をつけて逃げ出せばいいだけだから。
仕事を辞めるのは更に簡単です。ただ電話で、「辞めます」と言って逃げ出すだけだから。
逃げ出すことは簡単なんだ。
逃げ出せば、開放感で楽になれる。
逃げ出せば、なぜか自分が優位に立っていると思える。
でも、
逃げ出した後は、必ず自分に言い訳をしている。
逃げ出した後は、自分の中にある自信が、気付かないうちに失われていく。
逃げ出した後は、次に逃げ出す方法を考えてしまっている。
逃げ出すために、言い訳をして自分を守ってしまった。
自分の考えを正当化させるために、自分に都合の良いことだけを考えてしまった。
そして自分のことを考えてくれていた人の、信頼を裏切った。
「バイトから逃げ出した」。「自分に言い訳をした」。「自分の心に嘘をついた」。「信頼を裏切った」
こんなことで俺は自分のことが嫌いになってしまいました。このことは長い月日の経った今でも、心の中に引きずっています。
肉体の傷は時間が経てば治りますが、どんなに時間をかけても消えない、「心の傷」があるということを知りました。
でも傷は隠すことができます。
傷はいつか気にならなくなります。
だからこの傷を少しでも治すために、俺は毎日をがんばって生きるために目標を立てました。
これからは[どんなにつらくても逃げ出さない]
これからは[信頼を決して裏切らない]
これからは[どんな状況におかれても言い訳をしない]
しかし簡単に「心の傷」を治すことなんでなんてできるはずも無く、このことからふっ切れることはできていません。
でもこの「心の傷」を癒そうとがんばっている自分を見ていると、少しづつですが自分のことを好きになれている気がしています。
「心に負った傷は一生の間背負っていかなければならない。でもそんな自分でさえも、がんばれば好きになれるんじゃないだろうか?」
そんな気がしています。
だから今現在の俺は、これ以上自分を傷つけないように、自分を信頼できるように、そして自分を心から好きになれるように、日々をがんばって生きています。
初めから自分のことを好きな人なんていません。
もしかしたら、自分のことを好きな人は自分の嫌なところを知っている人なんじゃないでしょうか?
その嫌なところに負けずに生きているから、自分のことを好きになれているのではないでしょうか?
だから俺は、「自分を好きになるために生きていく」
一生後悔するよう出来事がありましたが、俺はやっと生きていく理由を見つけることができました。
最後まで読んでいただいた方、本当にありがとうございます。ぜひ感想をお聞かせください。
ちなみに、まだもうちょっと続きがあります。また次回ということで。
芸能人の誕生日
2008-05-29
芸能人の誕生日で少し気になる点があります。俺は、星占いなんてまったく信じていませんが、
8月22日 タモリさん、みのもんたさん。など
2月20日 アントニオ猪木さん、長嶋茂雄さん。など
昼の番組の司会者が同じ誕生日で、誰でも知っている有名なスポーツ選手が同じ誕生日・・。
これには何か関係があるのでしょうか?
タモリさんとみのもんたさんといえば、日本で誰でも知っている司会者です。
アントニオ猪木さんと長嶋茂雄さんといえば、超優秀なスポーツ選手でありながら、それ以外のところでもとても人気がある方です。
ただの偶然だとは思いますが、もしかしたらなにか関係があるのかもしれません。
ちなみに俺の誕生日も8月22日です。がんばれば俺も司会者になれるかも・・・。
・・・まあ無理ですが。
自分だけのものを作る、そして自分の世界を創る
2008-05-29
何か新しいことをはじめるときに理由なんて必要ない。ただ、「やりたいからやる」
理由なんてこれだけで十分だ。
本当に自分のやりたいことをやるという、自分にしかない感覚を大切にしたい。
そして、心の中にある不純な気持ちを解き放つことだ。
世間体を気にしてはいけない。
金銭面を気にしてはいけない。
損得を気にしてはいけない。
気にすることはたったひとつだけ。
純粋な気持ちで取り組んでいるか。
ただこれだけだ。
周りの目を気にしていたら面白くないから。
金銭を気にしてしまったら諦めてしまうから。
損得を気にしていたら何もできないから。
そして、
透き通るような純粋な夢を見よう。
そうすれば、いつか夢が形に変わるから・・。
ドラマの名曲、感動した曲とは?
2008-05-28
感動したドラマや、共感の持てたドラマのオープニング、エンディングの曲は名曲が多いように感じてしまいます。俺はあまりドラマを見ませんが、人にやさしく THE BLUE HEARTS 「夢」
僕の生きる道 SMAP 「世界に一つだけの花」
モップガール ERIKA 「Destination Nowhere」
などなど
これらの曲を聴いたとき、「良い曲だなぁ」と感じました。
なぜそう感じるのか?それは心が動いているときに聴いた曲だからなのでは無いでしょうか?
感動しているときに聴いた曲。
辛いときに聞いた曲。
泣いているときに聞いた曲。
こんな精神状態のときに聞いた曲は、たとえ子供のころの曲でも頭の中に残っていませんか?
音楽の良さは、人それぞれの感性によって決まるものだと思いますが、それ以上に音楽を聴いたときの精神状態によって決まる部分のほうが大きいのではないでしょうか?「泣いている時」、「喜んでいる時」などの心が動いているとき、そんなときに聴いた曲は頭の奥底に残るものなのではないでしょうか?
歌手というのは、音で人の心を動かすことができる凄い人だと感じています。俺は比較的音痴なので、歌手の人には憧れてしまいます。
そして「良い曲」とは人の心を動かすことができる曲であり、それが音楽の中で一番大切なことなのではないでしょうか?
内村プロデュースの中での人間関係
2008-05-27
「昨日の敵は今日の友」だと思いますか?俺は今まで「昨日の敵は明日も敵だ」と思っていました。その敵に打ち勝つことで、自分の中にある壁を一つ壊すことができると感じていたからです。
でも最近は、すこし考えが変わってきました。少し良いエピソードがあったのでここでご紹介します。
四年前くらいに、「内村プロデュース」というテレビ番組がありました。ウッチャンナンチャンの内村光良さんが仕切っていたお笑い番組です。俺と同年代の人の中では視聴率50%はあった番組だと思います。
その中ですこし意外だったのですが、共演者であるさまぁ〜ずの三村マサカズさんと大竹一樹さん、あとふかわりょうさんは、共演したての頃、内村さんのことをライバル視していたそうです。「俺のほうが面白い」とか「いつか俺のほうが売れてやる」とか。
でもいつの間にかさまぁ〜ずとふかわさんは内村さんのことを尊敬するようになり、互いの力を認め合ってとても仲良しになったそうです。(少し私の予想も入っていますが、たぶん事実かと)
昨日の敵を認めて、心の底から信頼し合えた時、本当の「友」ができるんだと私は感じました。
初めは敵として互いに意識し合い戦った後に、互いの良い部分は認め合って悪い部分を言い合う。こんな人間関係が最高の友だを思います。
この動画の110分20秒のところでそんな話をしています。
ニコニコ動画、さまぁ〜ずの逆にアレだろ
キャイーンの良い話もあるので時間のある方は初めからお聞きください。
奇跡を信じて
2008-05-25
「絶対に負けないと言う気持ちが、成功を生みだす」絶対に不利な状況に陥ったときに、最後までやり通すことが出来ますか?
多数決で1人と10人に分かれたとき。
次のテストで全部95点以上取らないといけないとき。
好きな人に彼氏がいるとき。
麻雀を打っていて、オーラスでダントツのラスだったとき。
野球の試合で、9回の裏、10点の差があったとき。
などなど、
些細なことで言えばいろいろとありますが、気付かないうちにあきらめていることも多いんじゃないでしょうか?
こんなときはいわゆる「奇跡」でも起きない限り、逆転、勝利することはありえないと思います。
それなら「奇跡」を起こせばいいのです。
「奇跡」とはどうすれば起こせると思いますか?
奇跡を起こすために必要なこと。それは「あきらめないと言う気持ち」、ただこれだけです。
結局は奇跡が起きるかを左右するものは「運」です。あきらめずに全力でやっているからこそ、「運」という力が働きます。
あと、あきらめたら運が悪くなるんじゃないかとも思います。
あと、「俺はあきらめていない」と言う気持ちを出すことで、周りの人たちが協力してくれるんじゃないでしょうか?そこでやっとみんなが全力で協力してくれるし、初めて奇跡が起きます。
あきらめているやつに協力なんてしたくないし、周りのやる気も削がれてしまいます。
でも、やはり奇跡なんてものはそんな簡単に起こせるものではありません。
しかし、あきらめずにやり通すことによって、たとえ負けたとしても自分の能力の向上と自信が生まれるんじゃないでしょうか?それがまた次の奇跡を起こすためへの足懸かりになるんじゃないでしょうか?
奇跡とは、「あきらめずに全力を尽くすこと」で、ごくまれに起こります。
まあできるだけ奇跡なんて起こさなくてもいいように、日常を充実させていたいですが・・・。
ロード
2008-05-25
道が広いと、どんな好きなところを歩いていける。道が広いと、真っ直ぐ歩いているか分からなくなる。
道が狭いと、迷わずに真っ直ぐ歩いていける。
道が狭いと、決められたルートしか歩いていけない。
道が舗装されていれば、躓かずに歩いていける。
道が舗装されていけば、自分の道を作ることができない。
道が砂利道なら、自分で道を作っていける。
道が砂利道なら、歩きづらいから歩みが遅くなる。
道が坂道なら、一歩一歩踏みしめて歩いていける。
道が坂道なら、登るのに時間がかかってしまう。
道が下り坂なら、一気に走りぬけていける。
道が下り坂なら、立ち止まることができない。
自分がどんな道を歩いているか、どんな道を歩きたいか、どんな道を望んでいるかをしっかりを把握して、自分の道を間違わずに歩いていきたい。
そして、人生という長い長い道を、迷わずに、後悔せずに、そして楽しんで歩いていきたい。
誤魔化して、言い訳をして、他人のせいにして、隠して、
2008-05-24
自分の失敗を誤魔化さずにしていますか?自分の失敗に言い訳をしていませんか?
自分の失敗を他人のせいにしていませんか?
自分の失敗を隠していませんか?
無意識のうちにすべての人は、真実をを偽っている。
上司には、怒られたり、批判されたくないから自分を偽っている。
部下には、恥ずかしいところを見せないように、信頼を崩さないように自分を偽っている。
同僚、同級には、負けたくないから、先にいい職に就きたいから自分を偽っている。
もしかしたら、自分を偽れば失敗がばれないこともあるかもしれません。
失敗を隠せば忘れられていくこともあるかもしれません。
俺は誰でも失敗を隠して生きているんじゃないかと思います。
こんな世の中でいいのでしょうか?
「japan」ってどういう意味でしょうか?
2008-05-24
「日本に決まってるじゃん!」と思った方は勉強不足ですね。日本のスペルは「Japan」です。実は初めの「J」が大文字か小文字かによって意味が変わってくるのだそうです。
ちなみに「japan」の本当の意味は「漆器(しっき)」です。漆塗りの食器や置物などのことです。
書き間違えないように注意しましょう。
あと、なぜ日本とは「Japan」と呼ばれるようになったのでしょうか?
日本の名前は、一番初めに中国に伝わりました。そのとき中国には、「jipenkuo(じぺんくお?)」と呼ばれていました。
それが少しずつ変化して中国からは「チパング」と呼ばれるようになりました。
そしてその「jipenkuo」という名前が各国に伝わり、アメリカからは「Japan(ジャパン)」ドイツからは「Japan(ヤーパン)」イタリアからは「Giapone(ジャポーネ)」と呼ばれるようになりました。
やはり言葉というものは難しいですね。
頭が悪くても
2008-05-23
自分の友人が前に塾講師のバイトをしていました。しかし、その友人は「馬鹿」でした。俺はそんな奴が塾講師なんか務まるのかよ?と疑問に思っていました。
そしたらその友人が、「頭が良い人が教えるよりも、馬鹿のほうが教えるのが上手な時もある」と言っていました。
頭の良い人全員が、「教えるのが下手」という訳ではありません。
でも、頭の良い人の中には、「この説明で理解できて当たり前」とか、「自分の説明は正確に的を獲ている」とか、自分を基準にして教えてしまうことがあります。
それでは、少し理解能力の低い人や、頭の回転が遅い人は取り残されていってしまいます。
しかし、「馬鹿な人」は、どんな所が理解しにくくて、どんな所が難しいのか。その知識が「頭の良い人」よりも多くあります。なので、教え方が必然的に丁寧になるんじゃないでしょうか?
また、頭の良い人は教える速度が早い傾向があります。それでは頭の整理が出来ずに、すぐに次の問題に取り組むことになるので、せっかく覚えたことも頭から抜けていってしまいます。
そんなことで俺の「馬鹿な友人」は、塾講師で引っ張り凧だったそうです。
結局は人に勉強を教えるのが上手い人とは、
どれだけ親身なれるか?
どんな所が難しいのか?
どうすれば分かりやすいのか?
これらをしっかりと考えている人なんじゃないでしょうか?結局は頭の良し悪しは関係ないのかもしれません。
「自分」のことを知ろう
2008-05-23
自分が、どんな所が好きで、どんな所が嫌いかを考えてみてください。俺は、
・努力を苦としない所が好きです。
・小心者の所が嫌いです。
自分が、どんな所が長所で、どんな所が短所なのかを考えてみてください。
俺は、
・視野の広い所が長所です。
・飽きやすい所が短所です。
自分にとって、どんなことが大切で、どんなことが不必要なのかを考えてみてください。
俺は、
・未来への希望と、今までがんばって集めてきた知識が大切です。
・過去の栄光と、客観的に判断する世間の評価が不必要です。
こうやって自分のことを考えると、
自分のなにを改善させなければならないか?
自分のどんなところを伸ばしていけばいいのか?
今後、自分のどんなところを成長させていけばいいのかを、知ることが出来るんじゃないでしょうか?
狭い世界から
2008-05-22
俺は今まで周りに認められなくても、自分が満足していればいいと思っていた。満足する、ということは自分だけのものだから。
でも、
「世間」、「社会」、に自分の行動を認められる。
そうすればもっと満足できるんじゃないだろうか?
「結果じゃなくて課程が大切」
そんなことはありません。
どんなにがんばっても、認められるとは限らないから。
過程を評価してくれるのは少量の周りの知人と自分だけだから。
そんな小さな世界で満足していいのでしょうか?
「世間が見ているのは結果だけ」
周りに認められるためには、結局は結果を出さなければならない。
結果が出せなかったら自己満足でいいだろう。
でも、
常に結果を求めて行動していたい。
常に周りに認めてもらいたい。
そう思うことが「一番満足できる方法」なんじゃないだろうか?
自分で決めていこう
2008-05-22
価値観は人それぞれだ。俺にとってどうでもいいことでも、他の人からすれば大切なこともある。
他の人には興味が無いことでも、俺にとっては譲れないこともある。
でも自分の価値観を見失ってはいけない。他人の価値観に流されてはいけない。
自分のことを決めるのは常に自分だ。
たとえ他人に否定されたとしても、自分の大切なこと、譲れないこと、守りたいことを大切にしたい。
嬉しいことは
2008-05-21
生きているそれはとても素晴らしいことだ
つらいときも
かなしいときも
さみしいときも
逃げ出してはいけない
瞳は閉じてはいけない
後ろを向いてはいけない
嬉しいことはそんな時に見えてくるから
嬉しいことはそんな時にやってくるから
嬉しいことはそんな時に知ることができるから
嬉しいことは一生をかけても余ってしまうほど
この世界には溢れているから
心からの謝罪
2008-05-21
俺はいつの間にか謝ってしまっているときがあります。「わりぃな」とか「すいません」とか軽い感じで。いわゆる平謝りというやつです。その後に、「何で謝ったんだろう?」とか「もうちょっと真剣に謝ればよかった」と後悔してしまうときがあります。
なんかそんな時、嫌な気持ちになってしまいます。
失敗したり、人を傷つけたりしたときは謝らなくてはいけません。
でもその誤る場所を間違ってはいけないのじゃないでしょうか?
自分に非が無いところで謝ったり、自分が悪いことに気付けずに謝れなかったり。
人の心を傷つけたからといっても、絶対に謝らなければいけないとは限りません。
どうしても傷つけなければいけない時だってあるものです。
失敗したからといっても、絶対に謝らなければいけないとは限りません。
自分に非がないのに失敗するときだってあるんですから。
今の世の中、なんか条件反射で謝っている人が多い気がします。そんな謝罪は見た目だけであり、心のこもっていないものなんじゃないでしょうか?
「謝罪する」という気持ちを安売りせずに、自分の心からの気持ちで謝罪する。そうすれば少しは自分のことが好きになれるんじゃないかと思います。
好きという気持ち
2008-05-17
好きだから一緒に居たいのでしょうか?一緒に居たいから好きなんでしょうか?
人はsexがしたいから好きになるんでしょうか?
好きだからsexしたいのでしょうか?
恋をしたから好きなんでしょうか?
恋をしたいから好きになるんでしょうか?
俺には恋愛のことはよくわかりません。
でも一つ分かることは、こんなことに答えはないという事です。
偉そうに恋愛について語っている人を見ると、イラッとしてきます。勝手に自分の「意見を押し付けるなよ」って感じになります。
夢って何だろう?
2008-05-14
夢と目標の違いはなんだろうか?叶わないことが「夢」ですか?
なんとしても達成させなければならないことが「目標」ですか?
夢は、願い続ければきっと叶います。
努力を惜しまなければ、目標に到達するでしょう。
夢を叶えること、目標に達成すること。
言葉は違いますが、同じことなんじゃないでしょうか?
あと、なんとなく詩を書いてみました。
夢
昨日の夢はなんだったろうか
さっき見た夢はなんだったろうか
まあ別にいいか
今日も一日がんばろう
夢は忘れたけど
自分の目標は覚えてる
今日も一日がんばろう
こんな感じで
毎日をがんばっていたら
いつの間にか現実で夢を見てる
一生忘れない夢を
心の表現
2008-05-14
怒るときも、泣くときも、笑うときも、心の底から表現していきたい。理不尽な怒りとか、嘘泣きとか、愛想笑いとか。
そんな作られた感情の表現は絶対にしたくないし、してほしくない。
せっかく「人間」という心を形で表現できる生き物に生まれたんだからそれを大切にしたい。
そうやって自分の感情をいつも本気で表現している人は幸せになれるんじゃないだろうか?
緊張するから
2008-05-13
初めてのことをするときは、常に緊張していたい。初めての仕事とか、初めての人と会うときとか、初めてやる遊びでも初めは緊張していたい。失敗したときのこと。
間違ってしまったときのこと。などなど
これらを考えたら絶対緊張してしまう。
初めてということはそういったことを考えてしまって当たり前だし、緊張するのが当たり前だ。
緊張しないということは「本気になっていない」ということのように思える。
逆に緊張しないということは「何も考えていない」ということなんじゃないだろうか?
考えて答えの出ないことを考えると人は緊張してしまうんじゃないだろうか?
まずは考えて、悩んで、そして答えが出なくても、怖がらずに緊張して向かって行きたい。
その緊張を乗越えて、その緊張が自信に変わって、そして自然にこなせるようになったとき、その時やっと人間は道を走り出すことができるんじゃないだろうか?
緊張を解く方法なんて無いんじゃないかと思う。
俺はいつの間にか、緊張している自分が嬉しくなるときがある。それは緊張するのが怖くないからだ。緊張するからひとは成長するんじゃないだろうか。
緊張することを嫌がってはいけない。緊張することはいいことだ。
こう考えれば、少しは緊張している時が少なくなっているんじゃないだろうか。
間違っていることって
2008-05-13
嘘をつく人と騙される人はどっちが悪いと思いますか?いじめられる人といじめる人、どっちが悪いと思いますか?
今、この世界ではどんな人間でも嘘をついています。意外と気付かないところで嘘をついています。社交辞令だって結局は嘘なんじゃないですか?店員が、まったく思っていないのに「ありがとうございます」とか言っていませんか?
俺もいじめの中の99%はいじめる側が悪いと思っています。でも少しはいじめる側のことも考えてみてもいいんじゃないだろうか?肌の色とかしゃべり方で判断するのは確かにいじめる側が悪いが、すべて「いじめる側が悪い」と決め付けるのはちょっと軽率なのでは無いかと思う。
自動車での人身事故はどんなことがあっても「人」側が有利になってしまいます。それが当たり前のようになっていますが、俺はそれが好きにはなれません。俺も子供の頃交通事故で車に轢かれましたが完全に俺の不注意の事故でした。それなのにわざわざお見舞いの品を持ってきてくれて、保険代も高くなり、今思うと、本当に申し訳ないです。
この人身事故のように「車が100%悪い」と決められていることが意外と多くあります。「いじめる側が100%悪い」、「接客業は100%客が偉い」「嘘をつく奴が100%悪い」。こんな風に「100%」と勝手に決められていることが多くあります。そんなようなものに守られていて満足しますか?
もしこのような「100%」のことが起こったら、社会的な見解ではなく、自分なりの意見を考えてみてください。どんなことにも理由があるはずです。
俺は例え参考されなくても、たとえ賛同されなくても、常に自分の意見を大切にしたいと思っています。だからといってそれを押し通す気はありません。自分の否を見つけたり、他のいい意見があったら参考にしたり、自分の物にしたいと思っています。例え
俺の意見が社会的に間違っているものだとしても、まずは自分の意見を考えて、それに沿って行動したい、そう考えています。
最強のダブリー
2008-05-11
昨日、麻雀をしたらありえない事件が起きた。南3局 俺は30000点くらいの2位 そしたらある一人がダブルリーチをかけた。俺もそこそこ悪い手じゃなかったので、振っても仕方がないと言う気持ちで打8萬。
そしたら一発で振り込んでしまった。しかし問題はそこではない。
ダブリー 一発 混一色 三暗刻 ダブ南 ドラ3
111 345 8 東東東 南南南
・・・数え役満だった。ちなみにドラは裏ドラ。
ダブリーで役満なんてありかよ。という感じだった。振り込んだ俺が悪いような気がしたが、なんだか情けない感じだった。
麻雀って怖い。
そういえば、結構前に麻雀の公式大会で、 大三元 天和 が出たことがあるらしい。
和了ったひとはさぞかしうれしかっただろう。
オーラスの親だけででラス目からトップに浮上とか、東場で50000点あった人がトップとか、何があるかわからないというのも麻雀の魅力であるが、こういうのはちょっとなぁ、と思う。
愛の欠点
2008-05-11
恋をするとその人の「全てを好きになってしまう」というか、欠点さえも魅力に感じてしまうような気がします。自分の好きな人には大した欠点なんて無いように思えてしまうものです。「愛の力ってすごいな」と感じてしまいました。
でも結局それは幻であり、欠点は存在するし、別れたあとに、いろいろと愚痴を言ってしまっているような気がします。
俺は恋愛をすると「心の視野が狭くなる」、「思考回路が単純になる」と思っています。あまりほかの事に目が届かなくなるし、その人のことばかりを見てしまっているような気さえします。
まあこれはこれで楽しいことだし悪いことではないとは思いますが、こんな状態でよいのかどうかといえばまた難しいことです。
別れて立ち直りが遅いというのは、「心の視野が狭くなっている」というのが影響しているかと思います。視野にあったものが急に無くなってしまう。視野が狭くなっているから新しい物を見つけることができなくなってしまっている。
俺は恋をしても一人でいるときは必ず心をリセットして物事をよく考えるようにしています。そうしないと普段見えていることが見えなくなってしまうから。普段考えていることが分からなくなってしまうから。
全ての人がそうとは限りません。でもどんな人も一度は心を無にして見たほうが良いんじゃないでしょうか?欠点は誰にでも存在します。それが見えなくなったとき必ず一人で冷静になって考えてみてください。そうすれば今まで気付かなかった相手の魅力や欠点も見えてくるかもしれません。そうやって考えて、改善して、そして過ごしていくこと。それが愛を深める方法であると俺は感じています。
負けたくないけど・・・
2008-05-10
人は負けないと強くなれない。人は勝たないと自信が持てない。
人は勝つことで成長が遅れる。
人は負けることで自信を失う。
人は勝つこと、負けることそれぞれに利点、欠点があります。
その中でもまったく利点が無いものは「負け続けること」です。
「負け続ける」と勝ち方、自信、そして自分さえ忘れてしまいます。
そんな時は全てを忘れてみてください。
「負けた自分」を忘れないと前へ進めません。
そりゃあ誰だって勝つことを望んでいます。
例え成長するためでも負けたくなんてありません。
どんなに修練を重ねても負けることもあるでしょう。
でも、負けたときに何を得ることができるか?
負けたときに何を感じることができるか?
それが勝ち続けるための一歩なんじゃないでしょうか。
「勝ち」と「負け」。このバランスを忘れてはいけない。
ダイエットについて本気で語る
2008-05-08
ダイエットに必要なものは器具でなく、ダイエット用の食べ物でもなく、運動でもない。食べる量を減らすという強い信念だけである。
ダイエットしたいなら食べなきゃいい。
心の底から痩せたいと思っているのなら絶対に食べないようにできるはずです。
痩せたいと思っているのに食べてしまう人。そんなやつはただの根性なしであり、意思の弱い人間であり、ただのダメな人間です。
少しでも「楽をして痩せたい」。そう思っている人は絶対にダイエットを成功させることはできません。
自分が本気でダイエットしたいのかどうか考えてみてください。
自分がダイエットという辛さに耐えられるかどうか考えてみてください。
ダイエットに成功して自分が痩せた姿を想像してみてください。
これをしっかり心に刻み付けることができる人間はダイエットに成功する人です。
・今日はがんばった
がんばるということに限界はありません。
・明日からがんばろう これで最後にしよう
明日からとか、次からではなく、「今」からがんばりましょう。
・楽して痩せたい
そんな方法はありません。
ダイエットとは本当につらいということをわかってもらいたい。
しかもダイエットに成功するということは、単に体重が減って自分の理想の体型を作るということではありません。実は肉体面よりも精神面が大きく成長します。
ダイエットに成功するということで、「困難を乗越える強さ」を得ることができます。
ダイエットとはとても辛いことです。その辛さを乗り越えて自分の目標を達成できた時、人生においてどんな困難にも立ち向かっていける人間になれることでしょう。
あと通販などで売っているダイエット器具が別に効果が無いということではありません。よいダイエット器具があれば効果的にダイエットができます。
でもそれを使っただけで満足せずに、食事をを減らし、「痩せたい」という気持ちを持ち続けること。それでやっとダイエット器具の本領が発揮されていくんじゃないかと思います。
緊張してたら
2008-05-06
初めてのことをするときは、常に緊張していたい。初めての仕事とか、初めての人と会うときとか、初めてやる遊びでも初めは緊張していたい。失敗したときのこと。
間違ってしまったときのこと。などなど
これらを考えたら絶対緊張してしまう。
初めてということはそういったことを考えてしまって当たり前だし、緊張するのが当たり前だ。
緊張しないということは「本気になっていない」ということのように思える。
逆に緊張しないということは「何も考えていない」ということなんじゃないだろうか?
考えて答えの出ないことを考えると人は緊張してしまうんじゃないだろうか?
まずは考えて、悩んで、そして答えが出なくても、怖がらずに緊張して向かって行きたい。
その緊張を乗越えて、その緊張が自信に変わって、そして自然にこなせるようになったとき、その時やっと人間は道を走り出すことができるんじゃないだろうか?
緊張を解く方法なんて無いんじゃないかと思う。
俺はいつの間にか、緊張している自分が嬉しくなるときがある。それは緊張するのが怖くないからだ。緊張するからひとは成長するんじゃないだろうか。
緊張することを嫌がってはいけない。緊張することはいいことだ。
こう考えれば、少しは緊張している時が少なくなっているんじゃないだろうか。
柔軟な頭
2008-05-04
まずは簡単な計算です。147+494+348=? 320+105+298=?
まあ電卓を使わなくてもできる簡単な問題です。でもこういったときにただ数を足していくのではなくて、もうちょっと他の考えで解いてみましょう。
150+500+350=1000 300+100+300=700
1000−3−6−2=989 700+20+5ー2=723
頭が柔軟な人ならこの数式の意味が分かると思います。あえて解説はしませんが・・。俺はコンビ二とかで買い物してレジで待っているとき、こうやって計算しています。どうでもいいことのように思えますが、実はこの行為が人間の頭の回転の良し悪しにに大きく影響しているんじゃないのかと思います。
常にこういうことを考えて頭を回転させていれば、いざというときの頭を鍛えることにつながっていくんじゃないかと。他にも「奇数が一個だから答えも奇数になる」とか「答えが1000を越えることは無い」とか。
こういう風に、いろいろなことを考えることによって頭の回転がよくなり、頭が柔軟になってきます。今回は算数でしたが別に英語など、なんでもかまいません。「yes i do」じゃなくて、「i do yes」ならどんな意味になるのか?こういった本来なら別にどうでもいいようなことをいろいろと考えることによって、人間の頭は様々なことに対応でいるようになり、柔軟になっていくんじゃないかと思います。
自分の気持ち
2008-05-03
酒を飲んだときは本音が出る、とよく聞きますがこれは本当じゃないかと思います。酔っているときは頭が回らなくなり、どうしても自分の中にある一番強い気持ちが出てしまうんじゃないでしょうか?
これを参考に、俺は「自分」が本当はどうしたいのか?「自分」が本当の意見は?そして自分の本当の気持ちを知る方法がわかった気がします。
人間は通常、世間体、損得、効率など、いろいろなことを考えた後に決断を出します。これが間違っているというわけではありません。現社会で生きていくためにはいろいろと考えて答えを出さなければなりません。
だからといってこれらは自分の意見を殺しているように感じてしまいます。自分にとってあまり興味の無いことなら考えて答えを出せばいいのですが、自分にとって本当に大切なことなら、世間体、損得、効率なんかではなく、自分の本当の気持ちを引き出したい。
じゃあ自分にとって最高の答えを出すにはどうすればいいか?それは「心を空にすること」です。自分の心にある雑念を全部消し去る。そしてその時に残る一番強い想い。これが自分にとって最高の答えであり、自分の一番求めていることなんじゃないでしょうか?
そりゃあこうやって出した答えでも失敗することも多いんじゃないかと思います。でも考えた意見でも失敗することは多いんじゃないんでしょうか?それなら自分の本当の意見を出している分、失敗しても後悔しないような気がします。
雑念を全て振りほどいて、その時にある一番強い気持ちを心に焼き付ける。
その気持ちなら、心から信じていける。自分という存在を見失わなくなる。
迷ったときは、自分にとって一番強い想いを信じていきたい。
陰口
2008-05-03
陰口は誰でも言っているし、誰でも言われている気がする。悲しい。人間ってもしかしたら他人を否定しないと生きていけないのかもしれない。
陰口が良くないことくらいは分かる。でも言わないとストレスだけが溜まってしまうし、陰口を言ったほうが意外とうまく人と接していける気がする。
もしかしたら陰口とは、人と接するための潤滑油のようなものなのかもしれない。
だからと言って陰口だけを言っていれば良いということではない。
ちゃんと良い所はしっかりと評価したい。どんな人にだって良い所もあるんだから、そこもちゃんと他の人に「陰口」として教えてあげたい。
「人間関係は本当に難しい」と思う今日一日でした。







